雪が桜になった。
観客の多くがそう感じたという。
なぜなら、流れていた音楽が突然、いきものがかりの『SAKURA』に変わったから。
小雪が作った丸い雪は、落ちる途中で桜に変わり、ひらひらとステージ上を舞った。
「ごめんなさい部長。勝手なことをしてしまって」
演劇が終わって、舞台挨拶への拍手が鳴り止まないステージ袖に駆け降りた僕は、彩夏に深く謝罪した。
「いいよ、いいよ。面白かったからさ」
彩夏は何事も無かったかのようにニコリと微笑む。彩夏はやっぱり彩夏だった。
「でも本当に申しわけありません」
「それよりも見た? 松岡のあの驚いた顔を」
それは傑作だったと言わんばかりに彩夏は笑う。
「は、はい……」
音楽を切り替えた瞬間、松岡と千秋は驚いて音響ブースを見上げた。その時の様子を、僕は一生忘れることができない。なぜなら二人の表情が、驚きと戸惑いと、僕への怒りが織り交ざって構成されていたから。
「その直前にさ、幸樹はチビ地蔵上のトップライトの光量を上げただろ?」
トップライトの光量を上げたのは、小雪が降らせる桜に注目してほしかったからだ。
確かにあの瞬間、桜は演劇の主役になった。
「それがなかなかいい演出になったんだよ。天から光が差す。驚いてそれを見上げる青年。まるで天の命でお地蔵さんに魂が宿ったかのような印象を受けたんだよね。実に絶妙だったよ」
僕はそこまでは計算していなかった。
ただ、小雪の行為に光を当てたかった。
「雪を桜に変えるってのは思いつかなかったなあ。でもよく考えたら、その後で青年に春が訪れるという展開なんだから、こんな演出もアリなんだよね。勉強になったよ」
――桜を降らせてみたい。
それは小雪のささやかな願いだったから。
「それにしても音楽の力ってすごいね。一瞬で雪を桜に変えちゃうんだから……」
彩夏は理解してくれたが、他の部員もそうとは限らないだろう。
特に当事者となってしまった松岡と千秋は、この拍手が鳴り止んだとたんに僕に詰め寄って来るような気がした。織り交ぜた怒りに火をつけながら。
しかし僕は、その難関を乗り越えられるパワーが心の底から湧いて来るのを感じていた。
だって、あの時、小雪がとびきりの笑顔を僕に向けてくれたから。
キャットウォークという桜舞う橋の上で、こぼれかけた涙を拭いながら。
おわり
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